AI学習禁止と叫ぶ人間が、いまだにネットのあちこちで騒いでいる。
中には、画面の端に「AI学習禁止」と掲げながら、TikTokなどの公開プラットフォームで平然と配信を行っている配信者やVtuberまでいる。滑稽を通り越して、自分が使っているシステムの構造すら理解していないただの情弱と言わざるを得ない。
そもそも、それらのプラットフォームの利用規約には、投稿されたコンテンツがシステム側のAIの学習や機能向上に利用される旨が明確に組み込まれている。つまり、彼らは「AI学習禁止」と喚きながら、自分のデータや声をリアルタイムでプラットフォームのAIに無料提供して学習させているのが現実だ。
この矛盾を指摘すると、彼らは「無断学習が嫌なのだ」と言い訳を始める。しかし、規約に同意してボタンを押し、配信している時点で、自ら進んで許可を出している。世界中の自動収集クローラーが巡回している公開インフラにデータを放流しておいて、「私のデータだけは盗むな」というのは、泥棒のアジトの真ん中で財布を広げて「盗むな」と叫んでいるようなものだ。
真にAI学習を拒絶したいのであれば、今すぐSNSをやめ、Google検索を禁止し、スマホを解約して家から黒電話を引くべきだ。YouTubeを見るのもやめろ。現代社会のインフラすべてを拒絶しなければ論理の筋が通らない。インフラの恩恵を浴びるほど受けながら、自分の都合のいい部分だけ被害者ぶって叫ぶ姿はあまりにも底が浅い。
歴史の構造を見れば、答えはすでに出ている。 19世紀にカメラという写真技術が世に出たとき、当時の画家たちは「手描きのアートが終わる」「悪魔の発明だ」と、今のアンチAIと全く同じようにヒステリックに大騒ぎした。
しかし、結果はどうなったか。 見たままを正確に写し取るだけの、ただの「作業」しかできなかった二流の画家たちはカメラに仕事を奪われて全員消え失せた。その一方で、本物の画家たちはカメラには絶対に不可能な表現へと次元を進化させ、画家という存在はいなくならなかった。
テクノロジーの進化によって淘汰されるのは、いつの時代も「誰にでも代わりが務まるレベルの、ただの作業者」だけだ。
AIの登場で仕事が奪われると泣き叫んでいる連中は、自分たちがカメラが出た瞬間に真っ先に消え失せた19世紀の二流の作業者と同レベルの存在だという残酷な事実を、自ら証明してしまっている。
AIが出たごときで消え去るお前らの薄っぺらい表現は、最初からその程度の価値しか持っていなかったのだ。変化に耐えられない言い訳をインフラのせいにするな。

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