私の考える、プロ歌手デビュー

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何年、待った。

誰かに選ばれる日を。 業界に認められる日を。 条件が揃う日を。

その間、何曲作った。

歌いたかったはずだ。 自分の声を、世の中に残したかったはずだ。

それなのに、なぜ待つ。

誰かに許可されなければ、歌手にはなれないのか。

違う。

あなたが待ち続けているのは、デビューの日ではない。

「プロとは何か」という、他人が決めた定義だ。

音楽大学を出ていること。

長年のボイストレーニングを積んでいること。

事務所に所属していること。

テレビに出演していること。

業界で認められていること。

それらを満たさなければ、プロではない。

本当にそうだろうか。

誰が、その境界線を引いた。

そして、その条件を満たすまで、あなたは何年待つつもりだ。

十年か。 二十年か。

それとも、歌いたいと思ったまま、何も残さず終えるのか。

私は、別の境界線を引く。

自分の歌声を正式な音源として世に出し、そのレコーディングにISRCが付与された瞬間。

私は、そこをプロ歌手としての出発点と定義する。

年齢は関係ない。

学歴も関係ない。

業界歴も関係ない。

誰かに選ばれたかどうかも関係ない。

重要なのは、一つだけだ。

あなたの歌声が、作品として世界の音楽流通網に存在しているか。

存在しているなら、もう「いつか歌手になりたい人」ではない。

歌手として作品を出した人間だ。

そこに、他人の評価を差し込む余地はない。

もちろん、これは完成を意味しない。

プロになった瞬間、歌が上手くなるわけではない。

聴衆が増えるわけでもない。

売れる保証もない。

評価される保証もない。

そんなものは、最初から誰にも保証できない。

だが、それでいい。

プロになることと、プロとして生き残ることは別だ。

作品を出すことと、作品を評価されることも別だ。

最初から強者である必要はない。

戦場に立たなければ、強くなることすらできない。

かつては違った。

作品を世に出すための道は狭かった。

レコード会社。 芸能事務所。 テレビ。 業界関係者。

そこへ辿り着かなければ、自分の歌を広い世界へ届けることすら難しかった。

だから、人々は待った。

誰かに見つけてもらう日を。

誰かに認めてもらう日を。

誰かに扉を開けてもらう日を。

だが、時代は変わった。

入口は、すでに存在している。

問題は、入口が閉じていることではない。

あなた自身が、まだ入口の外側に立っていることだ。

ここで選ばなければならない。

待つのか。

それとも進むのか。

自分には無理だという。

では、その「無理」は誰が決めた。

才能がないという。

では、まだ一曲も世に出していない人間に、なぜ自分の才能の有無が分かる。

年齢が遅いという。

では、何歳なら早い。

資格がないという。

では、誰がその資格を発行する。

答えてほしい。

あなたが並べているものは、本当に「できない理由」なのか。

それは「やらない言い訳」ではないのか。

歌いたいなら、歌えばいい。

作品にしたいなら、作品にすればいい。

世の中に出したいなら、出せばいい。

完璧になるまで待つ必要はない。

強くなるまで待つ必要もない。

準備が整う日を待ってはいけない。

そんな日は、永遠に来ない。

作品を出した者だけが、次の作品を作る資格を得る。

一歩進んだ者だけが、その先の景色を見ることができる。

プロになる道は、遠いのではない。

あなたが遠いと思い込んでいただけだ。

古い常識が、あなたを入口の前に立たせ続けているのなら。

その常識を疑え。

誰かの許可を待っているのなら。

その許可が、本当に必要なのかを考えろ。

そして最後に、自分で決めろ。

その選択だけは、誰かに委ねるな。

あなたの人生だからだ。

歌声は、もうある。

残る問題は一つだけだ。

その歌声を、作品として世に出す覚悟があるか。

さあ、決めてほしい。

待つのか。

進むのか。

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